こんにちは、ひとり先生業の集客サポーターの久松です。
今日はHPを立ち上げて初めてのブログ記事ということで、サクッと「僕がひとり先生業という働き方を選んだ理由」というテーマでコラムを書いてみたいと思います。
ん?
だれも興味ない??
ですよね、ですよね。分かってます。
それでもこれを書くのには理由があって、
ひとり先生業を軌道に乗せるには、最初に「そもそもなぜ自分が一人先生業を選んだのか?」を明確にしておく必要があるんですよね。(これはまた次回!)
自分がひとり先生業を選択した理由が明確になっていないと、集客もうまくいかないんです、マジで。
そんなわけで、ひとり先生業をしている方、これから独立起業してひとり先生業を始めようとされている方の参考になればいいなという願いを込めて、実際にひとり先生業を6年してきた経験者である僕が「ひとり先生業を選んだ理由」をシェアします。
ちなみに、僕がひとり先生業で独立した際に始めたサービスはこちらです。
書き上げてみたら5つほどあったのですが、すべてが相互作用しながらの決断だったと思います。
ひとり先生業を選んだ理由①部下のマネジメントに疲れていた
一つ目は組織としてのマネジメントに疲れていたことです。
もともと僕は個別指導塾の雇われ塾長をしていました。
入社して3年目で、県外進出の新規開校を任されることになったのですが、最初は全然人が集まらなかった。
でも、少しずつ生徒さんが増えて、3年目には県内で一番生徒数の多い個別指導塾(と業者の方に)言われるまでに急成長しました。
しかし、そのスピードが速かったせいで、スタッフ(講師)が足りなかった…。
会社に何度言っても人員を補充して貰えず、今いる人間で頑張るしかなかったんです。
いやー、これがキツかった。
仕事自体はとてもやりがいがあって好きだったんです。生徒の成長を見るのも楽しかった。
でも、毎回の募集期で生徒数は増えても、講師の数はあまり増えなかったんです。
だから、講師にもずいぶん無理を言いました。大学4年生の講師が、教育実習の間近なのに1コマだけ授業してもらえないか?とお願いをしたり、ずいぶん負担をかけていたんです。
それが自分の中ではとてもイヤでした。
でも会社の都合上、彼らに負担をかけながら、時には文句を言われながら、申し訳ないと思いながら、彼らをマネジメントしていかなければならない。
そんな状況がじわじわとストレスになって効いてきました。
ひとり先生業を選んだ理由②自由に使える時間がなかった
そんな状況ですから、終電&休日出勤もザラでした。
生徒数が多い分、イレギュラーなことも多々起こります。それでも、頑張っている生徒たちの姿を見ると、教室が開いている間は、溜め込んだ事務仕事はそっちのけにするしかありませんでした。
生徒さんをないがしろにして、自分の仕事が終わればそれで良しという姿勢はなんかダサいな、と。
だから、自然に教室長としてやらなければならない仕事は時間外になっていきました。
そうすると、やっぱり自分の時間がない。
今でも覚えています。
終電に揺られながら、『キングダム』というマンガを読みに漫画喫茶に行きたいなぁと思いつつ、翌日のことを考えて諦めた日があったり、『一蘭』のラーメンが食べたいなぁと高速道路を運転しながら、翌週のスケジュールを思い描いて、諦めたり。
「おれ、食べたいラーメンを食べに行く時間さえないのか…。どんな人生だ、これ。」
とブルーな気持ちになったその瞬間の、フロントガラスから見える光景を今でも鮮明に覚えています。
ひとり先生業を選んだ理由③子どもが産まれた
これが一番大きい理由かもしれません。
僕が退職を決意する半年前、子どもが産まれました。
はじめて親になって、これほど楽しく、同時にしんどいことがあるんだなぁとしみじみ感じました。笑
洗濯物の量は増えるし、家は毎秒ごとに散らかっていくし、夜泣きでまともに一晩睡眠を取れることもないし。
一方、これまでに感じたことのない愛おしさ、かわいさ。毎日が新鮮な日々でした。
とにかく子どもと過ごす時間は、自分にとって貴重でした。
でも、お風呂を入れてあげるのも一緒にご飯を食べるのも週1回が限界。子どもと遊ぼうにも遊ぶ時間もほとんどありません。
がんばる生徒さんのサポートに手を抜きたくないけど、こんなに貴重な子育ての時間を、仕事を理由に経験できないのは、自分の人生にとって相当な損失なんじゃないか??
生徒のサポートにも手を抜かずに、子どもとの貴重な時間を確保する働き方ってないんだろうか?
そんな葛藤を毎日のように重ねて、働き方を変えたい欲求が日に日に強くなっていきました。
今では毎日子どもとご飯を一緒に食べています。
とても貴重な時間を満喫しています。
ひとり先生業を選んだ理由④生徒が成長していく姿を見るのが好きだった
僕のいた塾は中学生がメインでした。
だから毎年高校受験に向けた戦いがあって、そこに向けて生徒さんは頑張るんですよね。
そして、日に日に成長していく姿がそこにはありました。
つい1ヶ月ほど前、当時中3生だった子が20歳になり留学に行くということで、お祝いを兼ねて食事に行ったのですが、その時に、
「先生、あのとき頑張って○○高校にいって本当に良かったです。めちゃめちゃ楽しかったです。あの時の自分を褒めたいです。」
と言ってくれたんですね。
それを聞くことができて、本当に嬉しかった。
彼は自分で自分の成長を感じて、その過程を肯定的にとらえることができている。
人生が充実しますよね。
「頑張った分だけ成長できる」
これってとても価値あることだと思いませんか?
その様子を間近で見ていられる「先生業」という働き方は本当に楽しいです。
だから脱サラしても「先生業」をやめるつもりは一切ありませんでした。
ひとり先生業を選んだ理由⑤「ありがとう」と言われる仕事がしたかった
自分はどのようにありたいのか?
仕事うんぬんの前に、僕たちは自分の人生を生きていると思うんです。
その人生を豊かにするために、仕事がある。
この主従関係について立ち止まって考えたとき、仕事に何を求めるのかがハッキリしてきます。
僕の場合、仕事というのはお金を稼ぐ手段としてはもちろんですが「ありがとう」と言われて感謝されることで、人生をより豊かに過ごすための手段として考えています。
お金ももちろん必要なのですが、
毎日上から下まで全身ユニクロですし、それでいて「こんな高品質な服がこの値段で買えるなんて、ほんと幸せだよな」と口癖のように嫁に言っています。
外出するときだけ一張羅のSHIPSやらナノユニバースで仕入れた服を着ています。
嫁も普段着は全身ユニクロ。
この前ディズニーランドに行ったときさえユニクロのウルトラライトダウンを着ていたぐらいで、さすがにビビりましたが。笑
外食といっても、子どもが「くら寿司」が大好きなので、家族で5000円もしないくらいで大満足です。年に1回長治郎に行って背伸びをすることで、これまたそのクオリティに大満足して帰ってくる。
ディズニーランドも2泊3日で行けたり、ちょっと奮発して両親を連れて3泊4日で宮古島に行ってみたり。
ちょっとおでかけするときは、家の前のコンビニコーヒーを買ってからドライブしてみたり。
別に何かを制限しているわけでもなく、かといってもっと贅沢がしたいわけでもなく。
自分が幸せを感じるために、十分なだけ稼げていれば、それ以上のお金は自分や家族の幸福を生み出すわけではないと思っています。
だからこそ、人は自分が幸せだと思える程度に稼げるようになったら、それ以上お金を稼ぐ活動に時間を費やすよりも、もっと別の「豊かさ」を得られるような活動に移行した方がいいんじゃないかと。
少なくとも僕は、それが幸福度を高めるための合理的な手段だと捉えて実践しています。
一定だけ稼げるようになれば、もうあとは「ありがとう」の言葉を浴びながら、毎日過ごしていた方がよっぽど幸せです。
そして、そんな生活を実践して気づいたことは、先に「ありがとう」と言われる活動をすることで、後から勝手にお金も付いてくるという事実だったりします。
先生業は特にそんな構造になっていますし、「ありがとう」とたくさんの人から直接言われる人生を送ることができる。
だから先生業なんですよね。
バカみたいに稼ぎたい!それが自分の幸せだ!というのであれば、そういう生き方は否定しません。人それぞれ幸福の尺度やセンサーは違いますもんね。
でも、それだと先生業は選ばない方がいいです。もっと効率的に稼げる方法があります。
先生業は他者を育成するのが本質的な価値ですが、そこそこリソースがかかるので、資本を拡大再生産する効率があまり良くありません。(※幸福の拡大再生産にはめちゃくちゃ効率的だと思いますが笑)
ほどほどに稼げて、自分が満足できるほどほどのラインを知っていて、自分を肯定して日々を過ごしたいと思っている僕のような人間は「先生業」という働き方、生き方がぴったりでした。
まとめ
そんなわけで、ひとり先生業を選んだ理由を5つほど挙げてみましたが、どれもが影響し合いながら「ひとり先生業」という働き方を選ぶ要因になったと思います。
これから「ひとり先生業」で独立や起業を考えている方や、今「ひとり先生業」を営んでいる方が自分の働き方を立ち止まって考えるヒントになればいいなー、と思います。
次回は「ひとり先生業を選択した理由が自分の中で明確になっていないと、集客がうまくいかない」という話をしようと思います。